【副島種臣】 6895 掛軸 横書 紙本 明治期の政治家 販売済み 佐賀 在銘

  • 商品説明・詳細

  • 送料・お届け

商品情報

アプリで画像が表示されないことがあります。
画像が表示されない場合はブラウザで開いてください。

商品についての質問や即決交渉、値下げ交渉などお気軽にお問い合わせください。
番号 090-8384-5458 メール skyblue17165@ 詳細画像

初めての方も、リピーターの方も今一度画面下部の
「注意事項」
をご確認いただきました上でご入札お願いいたします。
他にも多数出品しておりますので御覧ください。

商品説明 ★商品説明

副島種臣

没年:明治38.1.31(1905)
生年:文政11.9.9(1828.10.17)
明治期の政治家。父は佐賀藩士,藩校弘道館教授枝吉忠左衛門,母は喜勢子。安政6(1859)年父が死去し,同藩士副島利忠の養子となる。号は蒼海,一々学人。嘉永3(1850)年兄の枝吉神陽を中心とする義祭同盟に大木喬任,江藤新平らと共に参加し,尊王論に傾倒。5年京都に遊学し,国学者矢野玄道らと交流。その間神陽の命を受け公家大原重徳に意見書を提出,青蓮院宮朝彦親王から佐賀藩兵上洛を求められる。帰藩後,藩兵上洛は藩主鍋島直正に退けられ,副島は藩校教諭を命じられた。元治1(1864)年長崎に行き米国人宣教師フルベッキに師事し,英学,米国憲法を学ぶ。慶応3(1867)年大隈重信と脱藩し江戸に行き,目付原市之進(水戸藩士)に大政奉還を説いたが,藩より謹慎処分を受けた。維新後長崎で対外折衝を担任,さらに参与,制度事務局判事を命じられ,福岡孝弟と共に政体書を起草した。明治4(1871)年外務卿に就任。樺太国境問題をめぐる対露交渉,マリア・ルス号事件(ペルー船積み込みの清国人奴隷解放をめぐる外交問題),日清修好条規批准交渉などに功績をあげたが,征韓論に同調して下野した。その後,自宅で愛国公党を結成し,民選議院設立建白書にも署名したが民権運動には参加しなかった。9年から11年にかけて清国を漫遊し,書道への造詣を一段と深めた。17年伯爵に叙せられ,枢密院顧問官・同副議長などを経て,第2次松方正義内閣の内務大臣となったが,在任3カ月で辞任するなど,大きな政治力を発揮することはなかった。『蒼海全集』全6巻丸山幹治『副島種臣伯』

小ジミ、シワあり

★寸法
縦×横×高さ
本紙 27cm×39cm
本体 117.5cm×41.5cm

多少の誤差はあります。

※当方の商品はほとんどが品となっております。
経年、使用による傷、汚れ、日焼けなどがある場合があります。
出来る限り画像を撮っておりますのでご確認ください。

金額の誤入札の取り消し、キャンセルはお受けできません。
よくご確認の上ご入札をお願いします。

残り 1 31,000円

(190 ポイント還元!)

翌日お届け可(営業日のみ) ※一部地域を除く

お届け日: 01月01日〜指定可 (明日20:00のご注文まで)

  • ラッピング
    ラッピング
希望しない
希望する ( +600円 )
希望しない
数量
同時に5点までのご購入が可能です。
お気に入りに保存

対応決済方法

クレジットカード
クレジットカード決済
コンビニ前払い決済
コンビニ決済
代金引換
商品到着と引き換えにお支払いいただけます。 (送料を含む合計金額が¥281,232 まで対応可能)
ペイジー前払い決済(ATM/ネットバンキング)
以下の金融機関のATM/ネットバンクからお支払い頂けます
みずほ銀行 、 三菱UFJ銀行 、 三井住友銀行
りそな銀行 、ゆうちょ銀行、各地方銀行
Amazon Pay(Amazonアカウントでお支払い)

大量注文に関して

30個以上かつ10万円以上のご購入はこちらからお問い合わせください

お問い合わせはこちらから